弱いのが強くなったのはなんでだろうなとか考えていたよ

雑談

なんでだろうね。

昔弱かったといえば女性子ども年寄りが代表か。

頭が弱かったり体が弱かったりは分かりやすい。

今は弱いほうが大事にされている。配慮というやつだ。

俺も賢くないし、不器用だから世の中の役に立っていない。

でも今のこの時代だから生きていられる。

弱い側が強者として振舞えるのは、社会が成熟しているからだろうな。

分業が進んでいるから、どうやって生きているのか意識しなくていい。

水を汲んだり、植物を食べられるよう作物したり、動物を殺して肉を食べたりしていれば

どうやって自分が生きているか分かるし知らざるを得ない。

現代社会ではそれが無い。お金で何とかするし、それを生業としてる人はそうでなきゃ困る。

不等号が逆転するのは理由があるもんだ。

資源、エネルギーに余裕があるわけだからその余裕が

新しい文化を作っているんだろう。不等号の向きを逆にしている。

もし弱者>強者の不等号が元に戻るとしたなら

それはエネルギーの枯渇のときだろうね。

一番は原油が無くなったら全然変わってくる。

移動が出来なくなるし、モノも作れなくなるから。

どれくらいで、その世界がやってくるんだろうね。

1000年後くらいだろうか。もっと早そうではあるけど。

そういうことを考えたら、本当に俺は凄く良い時に人生を送っているなあ。

500年前に生まれていたら殺処分。500年後に生まれていても殺処分だっただろう。

と、いうような事に想いをはせていると

細かいことはどうでもよくなるんだよね。

前は1億年後の世界を妄想したりして、現実を遮断していたけど

そこまで行っちゃうとファンタジーが過ぎるからさ。

俺たちがあくせくして

金だ、権力だ、異性だ、って言っても

1億年後に無限の荒野でトカゲがカサカサしているだけの砂漠の大地を考えると

ふぅーって息を吐いて落ち着けてた。けどそこまで行くと虚無主義だものね。

エネルギーが枯渇して、人間社会がゆっくり原始に戻って

弱いものが弱いままになる当たり前の世界を通過して

少しずつ社会が無くなるのが本当だろうし、リアルだ。

もし見られたら見たいなあと思う。

俺は滅びが好きなんだろうな。

性格が悪いから、滅びに至りつつ絶望してる人たちを考えるのが好きなのかもしれない。

俺ももう少し生きるだろうから弱い立場でもう少し生命を堪能します。

良い国に、そして良い時代に生まれたよ。

不等号が逆なのは、ありがたい。

毎日幸せを噛みしめるよ。

コメント

  1. ベンチマン より:

    ビル万さまお疲れ様です。

    確かに…強いというか攻撃性が高い人は
    文明社会だと刑務所にはいるか社会でハブられて孤立してますもんね…
    すぐ今だとパワハラとかセクハラなりますし…

    戦国時代とかモンゴル帝国とかマンモスとか捕まえるときは攻撃性が強い人のほうが有利だったのかもしれないですが

    今はそういう人は娑婆にいられなくて
    昔はお客様は神様でしたが今はお客ですらちょっと何か言ったらカスハラとか言われてますもんね

    通用しなくなってきてますね…

    • ビル万 より:

      >ベンチマンさん
      今の豊かな社会が続く限り不等号が元に戻ることはないと思います。
      弱いことがお金になるからです。
      文明が終わるころには反動で結構なことになるかもしれないですが
      それを見られないのが少し残念です。

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